B.B.キング
  • B.B.キング(B. B. King、本名Riley B. King 、ビー・ビー・キング、1925年9月16日 - )は、アメリカ合衆国のブルースギタリスト、作曲家。男性。

  • 自らのギターにルシールと名づけたのは有名な話であり、その逸話もまた有名である。彼は1949年の冬にアーカンソー州のクラブに出演していたときに、二人の男性がある女性をめぐってケンカをしていたという。そのケンカのさなかで照明が倒れ、引火し、クラブは大火事となってしまい、キングをはじめお客さんは皆外に避難したが、外に出てからキングは自分のギターをクラブに忘れてきてしまった事を思い出し、火の燃え盛るクラブに戻ってギターを取り出した。しかし冷静になって考えてみるとたかがギターを取り戻すためだけに自分の命を危険にさらしてしまったことを反省し(実際にその火事では二人の死者が出た)、火事の原因となった二人の男性が「ルシール」という女性をめぐってケンカをしていた事を翌日聞き、その様な馬鹿なことを二度としないようにギターに「ルシール」という名をつけたのだという。B.B.キング80年記念で、限定80本のシグネーチャーモデルがギブソンから発売される。オープン価格で市場価格75万と相当高い。

  • ちょうど同時期に、彼はメンフィスにあるラジオ局でDJをしており、そのときに「The Pepticon Boy」と名乗っていたのが後に「Beale Street Blues Boy」となり、略して「Blues Boy」と呼ばれるようになった。これのさらに略称が「B.B.」であり、名前の由来である。

  • 音楽性

  • 初期のB.B.キングのプレイスタイルには、明らかにTボーン・ウォーカーの影響が見られる。本人もそれは認めており、Tボーンのヒット曲である「(Call it)Stormy Monday」などをカバーしている。しかしキャリアを積むごとに次第に彼独自のプレイスタイルを確立していき、俗に言う「スクイーズ・チョーキング」という、ロングトーンから急にスッと絞り込むような独特のチョーキング・テクニックを特徴とする、キレのあるプレイスタイルが完成する。

  • B.B.キングの曲は、ブルースに典型的な泥臭い印象の曲(6/8拍子が主体の、いわゆる"ハチロク"ブルース)だけではなく、「Thrill is gone」のような洗練された都会的なメロディーや構成の曲も多い。このため、たとえばジョン・リー・フッカーのような、コテコテのブルースを好むブルースファンからはあまり好意的に受け入れられていない面もある。

  • B.B.キングは幼少時に教会でゴスペルを歌っていた経験があることから、ゴスペルシンガーのような非常に強力な歌声を持っている。この特徴的なボーカル・スタイルはB.B.キングと同時代の他のブルース・ミュージシャンとの大きな違いの1つになっている。また彼は以前にラジオ番組でDJをしていたこともあることから、ライブでのトークのうまさには定評がある。バックバンドに静かに演奏させながら、軽く男と女の話しなどをして観客を喜ばせてから演奏に入っていくやり方などは見事で、見ていて実に楽しい。

  • 彼は歌っているときにはギターを一切弾かないが、これは B.B.キング本人によると「歌いながらギターを弾くことはできないんだ」ということである。ギターを弾きながら歌うミュージシャンは数多くいるのでにわかには信じがたいが、本人の弁であるのでおそらく本当なのであろう。

  • 略歴

  • 1925年9月16日にアメリカのミシシッピ州に生まれる。幼少の頃は小作人として働く。その後ギターを手にし、幼くして頭角を現し始める。T-ボーン・ウォーカーやロニー・ジョンソンと言ったギタリストの音楽だけではなく、ゴスペル音楽にも触れていたという。
  • 1943年に州内のインディアノーラに移住し、その3ヵ月後にはテネシー州のメンフィスに移り住む。キングはそこで、いとこのブッカ・ホワイトに教わりながらギター・テクニックを磨いていく。
  • 1949年の冬にある出来事(後述)をきっかけに自らのギターをルシールと名づける。
  • 同1949年頃からスタジオ・ミュージシャンとして数々の作品のレコーディングに参加するようになる。
  • 1950年代に入るとR&Bギタリストとしての活躍が目立ち始める。
  • 1951年末にシングル「3 O'clock Blues」が初ヒット。
  • 1960年代前半には、後に多くのアーティストが取り上げるスタンダード・ナンバーとなった「Rock Me Baby」を発表。
  • 1969年に発表された「Thrill Is Gone」のリメイク(原曲はロイ・ホーキンス)で一躍有名になる。1970年代に入っても彼の活躍は続き、1951年から1985年までの間に実に74回もビルボードのR&Bチャートに載っている。
  • 1980年代から2000年までの間は、アルバムのリリースは少なくなる一方、テレビのショーへの出演やライブへの出演が多くなり、特にライブの回数は年に300回にも達していたという。1988年にはアイルランドのU2とシングル「When Love Comes To Town」をリリース。1997年のアルバム『Deuces Wild』にはヴァン・モリソン、ドクター・ジョン、ローリング・ストーンズ、ウィリー・ネルソン等、B.B.キングを慕うアーティストが大挙参加。2000年にはエリック・クラプトンとのアルバム『Riding With the King』を製作した。